どこにでもいる30代SEの学習ブログ

主にプログラミング関連の学習内容。読んだ本の感想や株式投資についても書いてます。

【読書】アメリカ軍も失敗から学んでいる

世界でも有数の軍事力を誇るアメリカ軍ですが、過去には失敗もありました。

アメリカ軍を非難したいわけではありません。あのアメリカ軍ですら失敗するということです。優秀な人・組織ですら失敗するのだから、多くの人・組織は失敗して当然ということです。アメリカ軍の失敗から学び、自分の生活や仕事に活かせることはあるんじゃないかと思い、その内容を簡単にまとめました。

本記事は「戦略の世界史(上)」「マンガ経営戦略全史 革新篇」の内容を参考にした内容になります。技術が大きく進歩しても人間の本質はそこまで大きく変わらないので、過去の出来事から学ぶことはあると改めて感じました。

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ベトナム戦争

科学的手法の導入

第二次世界大戦ごろ、科学的手法の有用性がイギリスで証明されました。対空防御にレーダーが用いられましたが、物理学よりも古典派経済学に近い手法が用いられました。オペレーションズリサーチと呼ばれる手法が、レーダー以外の軍事活動においても著しい進歩をもたらしました。

オペレーションズ・リサーチは、数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用などによって、さまざまな計画に際して最も効率的になるよう決定する科学的技法である。
オペレーションズ・リサーチ - Wikipediaより引用(2021/07/22)

核兵器の登場もあり、当時の軍事問題は以前と比べてだいぶ複雑化していました。そこで、大量のデータを解析する手段として科学的手法が有用視されはじめました。

ランド研究所

第二次世界大戦後、アメリカのランド研究所が科学的手法を軍事問題に応用する上で中心的な役割を果たしました。ランド研究所アメリカ空軍の資金援助のもと、オペレーションズリサーチの開発を行う組織として設立されました。やがて防衛や公共政策の問題に取り組む組織へと変化していきました。

コンピューター技術の急速な進歩もあり、複雑な問題に数学アプローチを適用することが現実的に可能となりました。定量分析が説得力と信頼性を持った手法へと発展しました。

1960年代の国防総省では定量分析が最良の方法とされ、ランド研究所出身の人々も活躍しました。それまで軍部が重要視していたこと推進しようとしたことに異議が唱えられました。

科学的手法の限界

ベトナム戦争において科学的手法の限界が示されました。複雑な政治的背景をもつ戦争においては適切な手法ではありませんでした。当初アメリカが持っていた認識と、現地の実情はかけ離れていました。大規模な戦闘を前提に立てられた計画では限界がありました。

理論と行動の世界は違った

文民研究者たちは、理論を行動の世界でも簡単に実践できると過信していたと非難され、現場から身を引きました。以降、戦術と戦略の中間段階に位置する作戦レベルと呼ぶ概念に重要性が置かれました。火力に頼る消耗戦が重視され過ぎていたことから、行動力に頼る機動戦の重要性が見直されました。

イラク戦争

IT化による変革

1991年の湾岸戦争では、GPSと無線カメラを搭載したミサイルによって精密な爆撃が行われました。最新ハイテク兵器と従来兵器との差は大きく、圧倒的な勝利をもたらしました。

センサー・ネットワーク・ディスプレイ技術・シミュレーション能力により、情報優位を獲得するというものでした。数の重要性が相対的に低下し、能力の高い兵士が重視されるようになりました。以降、アメリカ軍は情報化と少数精鋭化を推し進めます。

イラク戦争

2003年のイラク戦争においても、アメリカ軍ら多国籍軍は圧倒的な勝利を収めました。しかし、ここからが苦難の始まりでした。イラク占領後、ゲリラやテロが頻発に発生しました。ゲリラやテロに対しては最新兵器は通用しませんでした

戦闘面においては、市街地戦において最新兵器が十分に機能しませんでした。荒野での戦闘とは異なり、市街地戦では遮蔽物や紛らわしいものが多く、ハイテク兵器による敵の識別や偵察が十分に行えなかったためです。自爆テロや即席爆弾に対しては無人偵察機・軍事衛星は役に立ちませんでした。また、敵が現地住民に紛れたことも影響しました。アメリカ軍には敵と現地住民の見分けがつきませんでした

政治的な面においては、現地住民の協力を得られなかったことが影響しました。アメリカ兵の数が十分ではなかったため、アメリカ兵が移動したあと敵はすぐに戻ることができました。また、アメリカ兵は反乱鎮圧に対する教育を十分に受けていませんでした。交戦を避ける、挑発に乗らない、警戒する現地住民に手を差し伸べる方法を採る、といった訓練が必要でした。

理想の組織が原因

ティム・ハーフォードは「アダプト思考」理想の組織の落とし穴を看破していました。当日のアメリ国防省が目指した理想の組織は次のものでした。

・統制の取れたチーム
志を同じくしたチームが強力にリーダーを補佐する
・統一的大局観
現場からあらゆる情報を収集し、中央で戦略を立案・決定する
・厳格な指揮命令系統
責任を明確にして上意下達でそれらを遵守させる

現場の状況に合わせて独自の対応策を考えて試すことも、成功例をボトムアップで伝え全体を変えていくことも許されていませんでした。これは第二次世界大戦での日本軍の失敗と似た内容でした。

終わりに

学べることは2つありました。1つめは理論と現実は違うこと。自分がやったことも無いことを批判する人がいますが、これはベトナム戦争時の研究者たちが陥った罠と同じですね。理論も当然大事なのですが、行動し現実を知ることなしには机上の空論で終わってしまいます。理論と行動の駆使することが重要だと思いました。

2つめは、組織においてトップダウンボトムアップも重要ということです。イラク戦争アメリカ軍はトップダウン偏重になり、現場で得た情報がフィードバックされませんでした。ただ軍も会社もトップダウンが基本のピラミッド構造組織です。ボトムアップが過ぎて、権限を持たない人が好き勝手言い始めたら組織が崩壊します。なので、トップダウンを原則としつつも硬直しない組織である必要があると思います。

ピラミッド構造の下にいる人がやれることは、状況を正確に伝えることと自分の意見を言うことでしょう。とはいえこの問題に関しては、組織の上部にいる人達の責任に依るところが大きいと思います。

出典